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岐阜地方裁判所 昭和52年(わ)326号 判決 1978年9月20日

主文

被告人を懲役一年に処する。

この裁判の確定した日から二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中証人青木堯、同中〓宗次に関する分はその四分の一を、同志賀勇に関する分は全部を被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、渡海谷勝及び棚瀬康之と共謀のうえ、厚生大臣から医薬品製造業の許可を受けないで、昭和五一年八月下旬ころから同年一一月二七日ころまでの間、大阪府松原市一津屋町五六〇番地所在の株式会社アスナロ化工研究所等において、医薬品リポクレイン錠(市販されている同名の医薬品を模したもの)合計約三四〇万錠を製造し、もつて業として医薬品を製造したものである。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

罰条 薬事法八四条二号、一二条一項、刑法六〇条

刑種の選択 懲役刑

刑の執行猶予 刑法二五条一項

訴訟費用の負担 刑事訴訟法一八一条一項本文

(弁護人の主張に対する判断)

一  本件製造物品は薬事法二条一項所定の「医薬品」に該当しないとの主張について

同項二号所定の要件である「人又は動物の疾病の診断、治療又は予防に使用されることが目的とされている」とは、通常の判断能力を有する一般人の理解において、その物の外観、形状等から客観的に右の使用目的性が存することが認められれば足り、その物が本来的に薬理作用上、何らかの効能を発揮するかどうかにかかわりないと解するのが相当である(東地判昭和五一年一一月二五日刑裁月報八巻一一・一二号五七頁以下参照)から、現に市販されている医薬品であるリポクレイン錠を模して作られた本件物品(糖衣をほどこされた錠剤でPTP包装されたもの)につき、右使用目的性が客観的に存在することは明らかであり、薬事法二条一項二号の医薬品に該当する。

二  被告人は健康食品を製造するものであるとの認識を有していたものであり、模造薬品製造の犯意ないしは共謀はないとの主張について

1  薬事法八四条二号、一二条一項の犯罪が成立するには、無許可で医薬品を製造するとの認識があれば足り、模造医薬品を製造するとの認識までをも必要としない。

2  被告人には弁護人主張のような模造医薬品を製造するとの認識を有していたと認めるに足る証拠はないが、無許可で医薬品を製造するとの認識があり、渡海谷らとの間に右の範囲内において共謀があつたことは明らかである。以下に本件犯行の過程における被告人の挙動を中心にして理由を述べる。

3  前掲各証拠によれば錠剤でPTP包装されたものは医薬品として製造されるのが普通であつて、健康食品であるクロレラ等が錠剤として製造されることが例外的にあるにすぎない(この場合もPTP包装はされていない。)ものである(証人青木堯、同中〓宗次の各証言)ところ、被告人は昭和五一年五月名古屋市内のチサンホテルのレストランにおいて模造医薬品の製造を共謀していた渡海谷勝、棚瀬康之から製錠に必要な機械購入の斡旋方の依頼を受けた際、棚瀬から現に医薬品として市販されているPTP包装された錠剤を示されて同様の物を作る機械が欲しい旨説明を受けたこと、その後菊水製作所へ機械購入の申入れをした際渡海谷から交付された同様の錠剤でPTP包装されたものを同製作所に見本として交付していること、更に自力による製錠を断念し、アスナロ加工研究所に製錠の賃加工を依頼することに方針を転換した際、自ら同研究所に赴き同研究所の志賀勇に対し渡海谷から交付された同様の錠剤でPTP包装されたものを見本として交付していることの各事実が認められ、被告人において本件製造されるべき物品の外観、形状等を知悉していたことは明らかであるから、被告人は当時岐阜大学及び名古屋大学に非常勤講師として勤務し食品工学の講座を担当するかたわら、鹿又食品工学設計事務所(熱交換器、工場排水処理装置、加圧加熱殺菌機の設計などを業務の内容とする)などを経営しており、その学識をもつてすれば右事実だけをもつてしても被告人が医薬品製造の認識をもつていたことの疑いは極めて濃厚である。

4  ところが、前掲各証拠によれば被告人はアスナロ化工研究所に賃加工の依頼に赴く前、自ら、同研究所に交付すべき原料として、その成分を了知しつつ澱粉、ブドウ糖等を購入しているが、その中には特に健康食品の原料とされるべきものは含まれていなかつた(被告人は当公判廷において同研究所に原料を搬入した際、志賀に対して錠剤の主成分は渡海谷から受け取るよう指示した旨、従つて、主成分が何であるか知らなかつた旨供述するが、志賀勇の証言に照らし信用できない。)のであるから、被告人の学識からして本件物品の成分を知りながら、なお真実健康食品であると思つていたとは到底考えることができない。

5  又、被告人は右の原料を購入した際、ことさら原料の一部(ペプトン)のラベルをはがし、又菊水製作所に機械購入の申込みをし、アスナロ化工研究所に製錠の賃加工の依頼をした際、自ら契約の当事者となり、健康食品を製造する旨述べるなどの言動をとつているのであるが、こうした言動をとつた理由は、前掲各事実に加えて前掲各証拠を綜合すれば、棚瀬証言、渡海谷証言のとおり、医薬品を製造するのではないかとの疑いを持たせないため、健康食品を製造する旨述べると共にその言葉を信用させるためになされたものである、即ち原料のラベルをはがして志賀に原料の内容を知らせないようにし(この点に関し、被告人は当時試作段階であつたので製錠のむつかしいペプトンのラベルをはがして同研究所の製錠技術をテストするつもりであつた旨供述するが、志賀証言等に照らし信用できない。)、前記の肩書を有し、現に食品を扱つている被告人が契約の当事者となつて、それにより終始本件犯行をリードしていたが、暴力団に関係し、食品製造とは無関係の金融業を営む渡海谷を表に出さないため(現に同研究所に前記肩書を印刷した名刺を交付し、志賀は右肩書を信頼し賃加工の依頼に応じている。)のものであると解するのが相当である。

6  以上のとおりであるから被告人は医薬品製造の認識を有していたことは明らかであると言うべきであるが、更に、前掲各証拠によれば、被告人は当時自らの、あるいはその経営する会社の多額の借金をかかえ資金ぐりに追われ、渡海谷から手形割引の方法により融資を受けていたのであるが、本件に関し渡海谷から月五〇万円の利益の提供の申込みを受けた際、これを断つた代りに同人に低利で手形割引をたくさんしてくれるよう依頼をした他、菊水製作所から機械を購入するに際して、渡海谷らに多額の金額を上乗せした見積りを示し、その後相当額の利益を得、アスナロ化工研究所に賃加工の依頼をした際、渡海谷らの了承を得ないで志賀に対して一錠につき五〇銭のリベート(通し口銭)を要求し、又同研究所に交付すべき賃加工代金を渡海谷から受け取りながら、自己の資金ぐりに流用したなどの各事実が認められ、このように自ら本件犯行を利用して利益をはかつていることに加えて、本件犯行を通じて被告人は前記のとおり製錠機械の注文をし、アスナロ化工研究所に製錠の賃加工の依頼をし、原料を購入して同研究所に搬入し、更に製錠の完成に関し同研究所と渡海谷との連絡役をするなど、重要な役割を果たしていること等を綜合して考慮すれば、右の認識の範囲内において渡海谷らとの共謀も認めることができる。

7  以上のとおりであるから遅くとも被告人がアスナロ化工研究所に製錠の賃加工の依頼に赴いた際には、右の犯意、共謀があつたことは明白であるが、次の理由により昭和五一年五月被告人が渡海谷らから名古屋市内のチサンホテルのレストランで、製錠機械購入の斡旋の依頼を受けた際には共謀が成立したと認めるのが相当である。即ち、この日は既に偽造医薬品を作ることの共謀を遂げていた渡海谷、棚瀬が、これに加担して資金を出す予定になつていた前川忠男と共に同レストランに赴き、自力による製造の重要な協力者としての被告人に面接したという経緯、状況、被告人は棚瀬、前川とは初対面であつたが、渡海谷とはかねて同人から融資を受けるという関係で親しかつたこと、前記のとおり見本を示して機械購入の依頼がなされたこと(被告人が否認するところであるが、右依頼に関して被告人と渡海谷との間で電話による接触がなされた後、わざわざ面接して依頼がなされていることを考えれば見本が示されたとみるのが相当である。)そして、この日以後の前記のとおりの被告人の積極的な言動等を綜合すると、この日の状況については基本的に前川証言(この事件に関わりたくないとの証言態度が濃厚であつた。)、被告人の供述より、渡海谷証言、棚瀬証言の方に信用性がある(両証言の間に矛盾、抵触する部分も存し全面的に信用することはできないが)というべきであり、この日及びこの日までの間に渡海谷らと被告人との間に医薬品製造をにおわせる「ヤバイものを作る。」「毒にも薬にもならぬものを作る。」という程度の会話があつたと認めるのが相当であるからである(なお、弁護人主張の事後の状況(弁論要旨二、(三)(3))等を考えれば、この日偽造医薬品を作るという趣旨の会話があつたとまでは認定することはできない。この点は検察官においても主張しないところである。)。

8  従つて、弁護人の主張のうち模造医薬品製造の認識、共謀はなかつたとする部分については、右認識、共謀を認定することはできないのでそのとおりであるが、その余の主張は証拠に照らし採用できない。

よつて、主文のとおり判決する。

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